○ゲームで遊ぶことは少ないほうだが、あるとき思い立ってウマ娘をスマホにインストールしてみたことがある。
もちろん流行っているゲームで、普段からゲームで遊ぶ習慣のある人も遊んでいるのだが、あまりゲームをやらなさそうな人や、
なんだかセンスのよさそうな人も遊んでいるのを見かけた。ある人に楽しいかと聞いてみたら楽しいと返ってきた。
また、ウマ娘が走っているシーンはただ走っているだけなのに驚くほど迫力があるとも聞いた。
いろいろ見たり聞いたりしているうちに、自分もやってみようという気になったのである。
○インストールして立ち上げてみると、歓迎とばかりにウマ娘たちが歌い踊るライブ映像を見せてもらった。
正直なところこういったカルチャーには馴染みが薄いのだが、横で見ていた嫁が「かわいい!」と漏らしたのでそんな気になった。
なるほどかわいいには違いない。最初はよくわからなくても、何度も経験するうちに魅力は理解できるものである。
○それが終わるとゲームシステムのチュートリアルがある。この手のソシャゲの何がつらいといってシステムが複雑なところである。
画面には「俺を押してくれ」と言わんばかりの派手なボタンがずらりと並び、
まるでどこかアジアの国の看板が立ち並んだ大通りのようだと感じる。
新たなウマ娘を育成する前に別のウマ娘から能力を引き継いだりできるようなことを聞いたがなんだかよくわからない。
頭に残ったのは、レースに出て優勝するとライブのセンターで歌い踊ることができるという点くらいである。
言うまでもなくこのゲームにはモチーフとなったまた別のゲームがあるが、
それと比べると幾分奥ゆかしくなって素敵じゃないかと思ったものだ。
○さて、私が初めて育成を担当することになったのはダイワスカーレットというウマ娘であった。
一番になることにこだわりのある、勝ち気な人(ウマ?)である。結論から言うと私は彼女がいたく気に入った。
話が変わるがアニメの『新世紀エヴァンゲリオン』を見たときに気に入ったキャラがアスカだったのである。
なんだか通じるものがあるのだ。私自身が偉そうでどちらかというとナルシシストの気があるので、
自分に似て偉そうなキャラクターに好意的になりがちなのかもしれない。
顔がいいとか胸がでかいとかそういう即物的な理由では断じてない。ないったらない。
○チュートリアルの一環で彼女が走るところも見せてもらった。
なるほど、起こっていることといえば「ウマ娘が走っている」というただ一点なのだが、驚くほどに迫力と緊張感がある。
元となったゲームの優れた点はよく引き継いでいるということなのだろう。
ダイワスカーレットが追い抜かしたり追い抜かされたりするのに一喜一憂し、はらはらしながらレースの行方を見守った。
結果彼女は二着。一番にこだわる彼女からすれば不本意な結果なのかもしれないが、それでも走り出しは好調であったと言えよう。
何より一番を目指して懸命に走る彼女の姿は彼女をもっと素敵にした。私は彼女を担当できるのが嬉しかった。
○それから次のレース本番に向けてトレーニングが始まった。よろしくね、不慣れだけれど一緒に頑張ろう。
走ったり泳いだり、いい成績を残すためになんでもやろう。疲れてきたら一緒に出かけるのはどうだろう。
大丈夫、君には一番になる資格があるはずだ。などとちょっと気持ち悪い情熱をもって、私は彼女の育成に励んだ。
周りも応援しているし、日常からの学びもあり、トレーニングは順調であるように思われた。
○トレーニング中、彼女はしばしばもどかしさを訴えた。彼女にとっては本番の舞台で走ることが本分であり、
練習にかまけているのが不満なのであろう、と私は考えていた。こういうセリフにはゲームシステム上の意味があったりするものだが、
私は彼女のキャラクターに入れ込んでいてそんなことには思い至らない。その意味に気づいたのは、
トレーニング期間も終わりに近づいた頃である。ふと画面の端を見ると、こんなことを言うダイアログが出ている。
「本番のレースに出場するためのレース出場回数が足りないのではないかい?」
○しまった!本番のレースに出るために、トレーニング期間中に別のレースに何度か出場しておく必要があったのである。
彼女が訴えたもどかしさの正体はこれだったのだ。こうなっては一番とか二番とかいう問題ではない。そもそも出場資格を満たしていないのだ。
急いで一回レースに出したところでもう遅い。最終ターンのあと「目標を達成できなかった……」というダイアログが出て、
ダイワスカーレットの育成が終了した。
○彼女には一番になる資格があったはずなのである。私は彼女の人生(ウマ生?)を台無しにしてしまったことをひどく後悔した。
彼女に見せる顔などない。この一件以来、私はウマ娘のアプリに触れることもなくなり、やがてスマホからアンインストールしてしまった。
○つまるところ、私はほとんどチュートリアルの延長のような段階でゲームに挫折したわけである。
それゆえ、ゲーム内にあるいろいろな要素に触れないままだった。アンインストールしてからしばらく経ったころ、
ふとあることに思い至った。ウマ娘はいわゆるソシャゲである。ソシャゲを象徴する要素は何か。ガチャである。
私は、ウマ娘で遊んでいる知り合いに尋ねてみた。
○「ウマ娘のガチャとはどのようなものか?」「サポート要素が手に入るガチャと、育成可能なキャラクターが手に入るガチャがある」
「育成可能なキャラクターが手に入るガチャでは、同じキャラクターが重複して手に入ることもあるか?」「重複しうる」
「そのガチャではダイワスカーレットは出るか?」「出る」
○私は仰天した。つまり、ダイワスカーレットが二人(ウマ?)も三人(ウマ?)も私のもとにいるという状況がありうるのである。
ダイワスカーレットはアスカみたいで気に入ったと書いたが、これでは彼女は綾波レイである(一体何を言っているんだ、俺は)。
○もう一度ダイワスカーレットを育成できる、やり直せると考えていいのだろうか?たとえばインベントリに彼女が二人いるとする。
一方の育成に失敗し、他方の育成に成功したとする。そのとき、私は同じ人(ウマ?)を育成したのであり、
私はやり直すことに成功したと言えるのだろうか。
それとも、最初のダイワスカーレットと二番目のダイワスカーレットはもはや別人(ウマ?)であり、
私の失敗はもはや覆すことができないのだろうか。訳のわからぬことを考えながら、私はスマホを握りしめていた。
ウマ娘をもう一度インストールするために……。